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車にはねられた時に僕がみたのは、走馬燈ではなく、美しく色鮮やかなポールスミスにも似たマルチストライプだった

 

「画家ねこ」管理人の実話からー。

 

僕は九州の田舎者なのだが高校は自宅から通える公立に進学した。

都会では想像もできないかもしれないけども、僕の子供のころのうちの田舎では、頭がいい子が行くところが公立だったのだよ。まぁ、そこに進学した僕は神童だったのですよ(笑)

そんな神童な僕にとって、高校生活はつまらなく、いろんなものに価値をみいだせず、兎に角早く大人になりたかったなぁー。

大人というのは、自分で自分の面倒を見れるということ、自活できるということを想定していて、勉強をする意味、学校に通う意味、進学する意味を見出せずに、まったく勉強をしなかった時・・・。

このころの僕は、ちょとだけ改造した学生服を身に着け、心理学の本だったり、営業の自己啓発本を読んだり、科学雑誌や少女漫画を本屋で平気で立ち読みしているかなり方向性定まらない不思議なキャラクターだったのだが、今このテキストかきながら思い返すと・・・、なかなかに異様な高校生像だな。。。。

 

前置き長めですが・・・、僕が絵描きを目指すずっと昔。。こんなどこにでもあるような一般的な家庭背景に、こんな年代にありがちなちょっぴりやさぐれた高校生が、ちょっぴり大人になりきれない青臭さから、ちょっぴり繊細で揺れ動く心理状態と、ちょっとした偶然が合致した結果、車にはねられて死にかけたって話がこれからはじまります(笑)

原チャで2ケツして車にはねられてみる景色はポールスミスのマルチストライプだった

僕の家は、それなりに厳しく、門限は9時。バイトもするな。でも小遣いは月に500円。という、時代錯誤も甚だしくも、いまだとどうやって生活していたかわからない、厳しいのかただの貧しい家だったか微妙な家庭だったのだが、反発心と反抗心旺盛だった当時の僕は、夜な夜な自宅を抜け出して、友達のうちに遊びに行くのが当時の日課だった。

当然、前述したように、今の生活の意味や意義を見出せず、反抗期でもあったんだろう。。。その日も深夜にこっそりと家を抜け出して、友達宅へ遊びにいってた。

 

まぁ、僕の近所はほとんどがヤンキーだったので、シンナーでラリって遊ぶ子も多かったが、僕は幸いにも興味なかったので、せいぜいテレビゲームやタバコ、飲酒くらいだったなぁ。

時効をいいことに告白だが、暴走好意や犯罪なんかはやっていない。

 

そしてその日もこっそりと家を抜けていた僕は、微妙な真面目さから、親が気づく前に帰ることを決めていたのだが、その日は割とぎりぎりになってしまい、すごく急いで原チャを飛ばして帰る羽目になった。

そしていよいよ僕が死にかけた事故との遭遇(笑)

まあ今回は、友人を殺しかけたエピソードといってもよい。。

超田舎の畑道らしく普通は人通りは極端に少ない。ちょうどそこは見通しはわるかった交差点だったのだが、あまりにも急いでいた僕は、当たり前のように交差点をほとんどノーブレーキで突っ込んだ!

 

どんっ!!!

当然のように、、きれいに車の真正面ではねられて僕は空を舞う!!!

この時に僕が思ったこと。。。

くるまにひかれたことはわかったし理解した。。。次に自分がやることは「華麗に受け身をとること!!!」

そう思って目をカッ!!と見開いた僕は衝撃の映像を見ることになる!!

白んだ明け方の空の白と青、ほんのりの日の入りのオレンジ、土の黒、土の茶色、アスファルトのグレイ、葉っぱの緑、車の白、草の黄色・・・・

これらがきれーいに縦に線を引いてる様が見えたんだ。

 

 

 

いまでも思う・・・そのとき見た景色に限りなくちかいイメージはポールスミスのきれいなマルチストライプっ(笑)

神童の動体視力が凡人以下だったのか、神童の体が常軌を逸するほどの高速回転だったのか、実像をとらえきれずに残像をおっただけなんだろうが。。。

縦にいろんな色が垂直の線を刻むなか、つまりは僕は自分の位置すら確認することが困難だった⇒当時僕の田舎ではみることのなかったおしゃれなスミスさんのストライプを、僕は車にはねられることで手に入れたんだっ(笑)

 

そして、「うん!受け身無理っ」と判断した僕がとったのは後頭部を抑えること。せいぜい頭か首はまもらななければっ!!。

そんな想像してたら即座に、「どんっ!!」と激しく全身を打つつけられて、うめく。

 

そして一人でこけることが多かった僕はあたりまえのように、すぐさま痛む全身から、破損個所を確認するために、足の指から順に動作確認を行う。

目は回るし、なんか全身はいたいが・・・。わかるところから確認していこう。。

足の・・指は曲がるし、振動痛もない。多分骨折はしていない。よし。

次にひざ関節曲げてみる。いたくて曲げらんない。結構な打撲。じん帯やってるかも。

次は手の指。曲がるし腕は割も動く。

そして腰。曲がるし捻れる。。上体も起こせそう。上半身は大丈夫そう。

と、自己診断を一通りしたところで、急に現実感が戻ってきた。

「後ろにのってた友達は???」

・・・・きょろきょろしてたら、そう遠くないきょりから「大丈夫か??」と友達の声!!

振り返ると、流血もなし、意識もしっかりしている様子で、骨折もない模様。。。

「よかったーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

この時ばかりは、友人の心配よりも自分の状態確認を優先したことに反省しつつも、友達が無事だったことに心底神様に感謝した。

僕らをはねた車は、ボンネットぼっこりへこんで廃車は一目瞭然。

原チャもしっかりひしゃげてこちらも廃車確定。

車やバイクの状態みるだけなら、人は間違いなく死んだとしか思えないひどい有様。。。

僕らが無事だったのは、車にはねられて落ちた先が柔らかい土の元畑だったから。。。

 

と、普通、バイクの横から車に突っ込まれたら足なんかぽっきりいくけど、それもなかったのは原チャリの構造上の問題だったから。

原チャㇼは足を入れる空間があるので、横から突っ込まれても足は折れにくいんだそうだ。

 

 

友人も同じ理由で骨折もなかった。

ネイキッドタイプのバイクなら、車とエンジンに挟まれて、足なんか確実にぽっきりいってたと思う。

その後、警察に事情徴収されたりもしたんだが、もう事故を起こしたことへの罪の意識から、全部自分がわるい・・・みたいなことを言ってしまった。が、あとから冷静に考えれば、僕らをはねた車に落ち度がなかったかというと、そうでもない。これにはうちの母も「馬鹿だねぇ。今混乱しているから後でっていやぁーいいんだよ」といっていたが、この、状況によっては大事なことや決断は「即答しない・即決しない」というテクニックは、この時に学んだ(笑)

 

 

 

後日談

外見の擦過傷が多くみられた友人は包帯ぐるぐる巻きでまるでミイラ(笑)

で、全治1週間。

 

 

僕は骨折はしなかったけども、内部損傷が激しくところどころギプスをしているものの、比較的見た目はライトな全治4週間(笑)

 

まぁ、完全なる加害者の身分としては、ペナルティ多めなのが心情的によかった。

が、どうみても実際よりも重症に見える友人の処置にちょとだけ複雑な気分(笑)

この日の僕の起こした損害は、車と原チャリの保険なしの全額弁償と、友人と跳ねた人の保証もろもろ。

そしてそんな僕の不始末に奔走した親は、僕には何一つ責めることはしなかった。

いまだに我が家のルールと締め付けは理解できないが、親の責任の取り方・後ろ姿は見せてもらったし、今でもかっこいいと思っている。

そして何より、高い授業料だったが、人を乗せているとき、人の命をあずかっているんだということをしっかり自覚した出来事でもある。

当然、一刻も早く大人になって自立したかった僕も、まだ子供だったわけで、すべて親が負担することになり、所詮は子供であることを強く自覚するとともに、どんなことにもきちんと責任を取りたい!と、より一層自立心が高まった

奇跡的な結果論でしかないが、この時に友人が大けがしたり死亡していたりしたら、僕の人生も心の傷も計り知れなかったことと思う。

本当にお金だけで済んでよかった。

アンビリーバボーです。

 

学んだこと

・人をのせての運転時、優先すべきは交通ルールと同乗者の安全に勝るものはない

・警察の事情徴収は、事故後即答しない

・子供のしでかした親の責任の取り方と姿勢

・人ははねられるとポールスミス(と僕がよぶ、美しいストライプ)に出会えるかもしれない

 

 

人は自分で勝手に大きくなってようにおもうけれども、僕は大人になるまでにいろんな人に助けられていて、決してひとりでは大きくなっていない。

おっさんになった今でも、いろんな人、それこそ友人や後輩や妻や数えきれない人が助けてくれて命をつなぎとめている

そんなみんなに感謝しつつ、つなぎとめてくれた命で感じた感動を、他の誰かにもつたえられたらな。。と思う今日この頃・・・。

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